COLUMN

2018.3.30 DESIGNER

旅立ちの季節

AD CORE DEVISE DESIGNER BLOG Vol.83
東京では桜の染井吉野がいつもより早く満開になりました。染井吉野は学生時代を過ごした西日本では卒業式の桜で、巣立つ時の少し寂しい花のイメージでしたが、東京に就職して最初の仕事がお花見の場所取りで、東日本の桜は入学や入社の新しい門出の花なんだと思い、同じ桜でも感じ方が違う事を思いました。今年の桜は本当に早く、広尾本社近くの臨川小学校の桜の前で卒業式の写真撮影している子供達を見ながら、この子達は卒業の花のイメージになるんだろうなと思いました。春は当社の新しいモデルの旅立ちの季節にもなっています。

毎年、新作のスタートは遅いのですが、今年は、昨年秋に発表した2018年の新作チェアが好調です。当社のポリシーの「廃盤にしない」「大量生産をしない」「国内生産」ことから、数年先のデザインをイメージをして製品化した製品が多く、いつもは徐々に販売数が伸びてきて数年後に売れている事が多いのですが、今年はすぐに販売実績が上がっています。その製品の出荷前の品質検査に山形の工場へ行き、完成品を見ながら強度試験の時の事を思い出していました。当社の椅子はJIS規格の繰返し試験の3倍をクリアした強度を実証してからでないと発売はできません。その為に製品化の途中で公的な工業試験場で試験実施し、その試験にパスさせる事が製品開発の最後の仕事です。

新製品を創る時には強度的な事も考えながらデザインを行うのですが、太く頑丈そうなデザインではインテリアに邪魔になります。空間に溶け込みながら、どこにでもありそうで無いのが、私のデザインポリシーなので、最初に描くスケッチは細く華奢なラインのデザインになります。華奢なデザインは構造が強度に直結するので、構造自体を考える必要があります。2018年モデルのMD-801は構造的にも初めて取り組んだ椅子なので、強度試験に立会うために工業試験場に向かいました。椅子の強度試験機は昔はほとんどの県の工業試験場にあったのですが、試験機を製作している会社が無くなり、残っている試験機が少なくなった事もあり、日本でもあまり多くありません。椅子を製作してる山形の工場から一番近かった山形市の工業技術センターの試験機も無くなり、試験機があるのは山形から車で2時間にある庄内の山形県の試験場です。県の工業技術センターは地域の特産物の技術力向上を支援する為に設置され、食品から金属製品の様々な技術的研究を行い、様々な試験も行っています。椅子の試験は山形の特産技術部で行っていました。椅子も山形の特産物なんだなと、思いながら試験場に向かいました。

昭和の雰囲気を残す建物の一角の部屋には大きなスチールフレームの試験機が置かれています。フレーム自体は大きいのですが、構造はあっけないくらいシンプルで、かなりアナログです。水平な鉄板の上に置かれた椅子の座に、人が座る事を想定して55キロの砂袋を置きます。そして後脚に蝶番を付けて軸にして、前脚を正確に5センチ上げるように背中の上を後ろからワイヤーで引っ張ります。昔高校生の時に教室でよくした椅子の前足を上げる格好です。それをいきなり落とします。そうすると床の鉄板に前脚からガタンと落ちて滑り前に行こうとします。椅子全体が歪み、グン、バタン、ギャーと音を立てて、椅子から悲鳴が上がり、耳を塞ぎたくなります。通常なら一般家庭用木製椅子なら4000回でパスなのですが、当社は3倍の12000回の試験を行うので、それは過酷な試験です。工業試験場の担当官は椅子の状態を見るために、ずっとその前にいてくれます。全て終えるのに2日かかります。

担当官の方にお話を聞いたのですが、壊れる椅子は機械をセットする時に分かるそうです。当社の事は覚えていてくれて、定期的にずっと試験を出しているメーカーとして認識してくれていました。強度試験をパスするタイプは、動かない固めたタイプと、力を逃して揺れながら持つタイプと2つあるそうです。どちらが良いかは言えませんが、固めたタイプはいきなり壊れるそうで、力を逃すタイプの方が面白いデザインが多いそうです。当社の椅子も華奢で一見持たない印象だけど、上手く力を逃して試験を無事終えるそうです。今回の新作は1度目にクリアして試験的には合格でしたが、フレームにヒビが発生していたので、万全を期して再度試験を受けて完全に合格しました。

そうやって当社の全ての椅子は試験をパスして、初めて製造を始められます。人の全体重を乗せる椅子だからこそ、安心してお座り頂けるように、最初に作られた子達は過酷な試験を受けるんです。そしてやっと世の中に出て行けます。桜の季節になると旅立つ人達が多いのですが、当社の家具たちもお客様の元に旅立ちます。さて、そろそろ2019年モデルの開発に取りかからないといけません。今年はどんなタイプのデザインをしましょうか。お楽しみに!         (クリエイティブ・ディレクター/瀬戸 昇)


動画:55キロの重りを座に乗せて、前足を5センチ浮かして落下を12,000回(1分間に25回)繰返します。全て終わるのに8時間かかります。途中1,000回ごとに緩みや破損が無いかを確認するので、試験は2日間に渡ります。

左上:山形県工業技術センター庄内試験場です。右上:JIS S1052用の試験機です。今では旧JISになりましたが、総合的な強度試験では実際の使用に近い試験です。さくら製作所が製作した機械での試験となっていますが、その会社が無くなってしまい、この機械が壊れたら試験ができなくなってしまいます。下右から:モーターに回転する円盤が付けられていて、それにワイヤーが付けられていて、回るごとにワイヤーが引っ張られます。床の鉄板に蝶番が固定されていてそれに後脚が付けられます。前脚は床面から5センチ上がるように計測されます。座の上に55キロの重りを乗せて12000回繰返ります。
工業技術センターの正式な書類として発行された試験成績書。左:繰返し試験の成績書で通常4000回の所を12,000回希望して試験をしてもらいます。右:肘部静的水平力試験の成績書で、脚を固定したアームチェアの両肘に内側より30キロの加重を10回負荷をかける。60キロの人が座る時に両肘にかける体重を想定しています。当社は全ての椅子の試験成績書を取得しています。