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2026.06.30|

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ミラノ空の庭園とサローネの植物

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.181 先日開催したミラノデザインウィークレポートは1500名をこえる方に視聴いただき、今までのWeb開催では最高の参加数でした。今回もZoomウェビナーでの開催でしたが、写真がきれいで分かりやすかったとアンケートに書いていただき励みになりました。一部の方から画像が荒かったとのご指摘がありましたが、Zoomソフト以外のブラウザを使用しての視聴環境の方がいらっしゃいましたので、次回はぜひ、Zoomソフトでお楽しみいただければと思います。今回のミラノレポートは30か所のイベントを500枚近い画像でお見せしましたが、すべて私自身が撮影した写真を画像修正した画像です。その画像を整理しながら、ミラノデザインウィーク中の取材写真と、終わってから普段の街を歩いたスナップを見比べると、終わってから歩いた写真にミラノ市内の集合住宅の上層階の緑の多さに気がつきました。今回のコラムではミラノイベント中展示の植物とその集合住宅の植物についてお話しします。 毎年歩いてきたミラノは、市内だけで650か所ある会場を地図(今はスマホのグーグルマッピング)を片手に歩く、フルマラソンのような限界ギリギリで歩いているので、上を見る余裕なんてありませんでした。今回はデザインウィークが終わって静かな街を歩いている時にふと、水滴が落ちる道の上を見上げると、集合住宅の上層階のベランダの植栽からでした。そうして上に気をつけて歩くようになると、公園以外の緑が少ないと思っていたミラノ中心街に植物が意外と多いことに気づかされました。それから見上げて街を歩くようになると、下から見ても素敵なベランダが多く、緑の多いペントハウスが多いことに気づかされました。ミラノといえば2014年に完成したステファノ・ボエリ設計のタワーマンション「垂直の森」が有名ですが、完成した時には管理の難しさとミラノの冬の環境で、植物の成長が可能か疑問に思われていましたが、この垂直の森は10年近く経て手入れが追いつかないくらい生い茂っていました。 4月のミラノは街路樹の「ピオッポ/セイヨウハコヤナギ」という、ポプラ科の木から綿毛のような花粉が飛んでいます。例年は4月初めのサローネなのであまり感じませんでしたが、4月末に近かったということで、この花粉が舞っているのが見えるくらいすごくて、花粉症の重症でない私もミラノでひどい花粉症になりました。ミラノデザインウィークが終わって、雨が少し降ったこともあり花粉が落ち着いたこともあり、よけいに建物を見る余裕もできて、建物の上層階を見られるようになりました。旧市街地に街路樹や道路に面した庭がないこともあり、植物を置いて癒しにしているのかもしれませんが、高級そうな集合住宅の、それもペントハウスや広いベランダに住めるだけの財力がある家だからできることなのかもと思いました。中心地の上層階に限られた富裕層の生活が自分の生活を楽しむために育てているのかもしれませんが、道路からだけでなく、家の前の建物の方には良い眺めになることは間違いありません。上の遠くなので何の植物かは分かりませんが、歴史ある暗い建物のある街を明るくしていました。 道路を歩きながら、今年のミラノサローネのフィエラ会場のブース内の植物や、市内ショールーム内の植物が寂しかったことを思い出していました。いつも置かれている植物もインテリアの重要なデコラポイントで、時代に合わせて変わってくるのですが、市内にできた有名家具ブランドのショールーム内には植物が置かれていませんでした。植物を置くと占有面積が取られてしまい狭くなるのもありますが、空間が無機質に感じられました。一方、フィエラ会場でも植物を感じることが少なくなっているように感じました。しかし、余裕のありそうな上位ブランドには植物が置かれ、インテリアの一部として使われていました。モンステラなど南洋植物の人気はまだ続いていて、シダ類やアレカヤシ科のように鉢からすぐ葉が出て場所が取られる植物も多く見られました。一方、ゴムの木やベンジャミンは1970年〜90年代のインテリアブームからでしょうか。 インテリアのトレンドはエクレクティックスタイルと言われる、ヴィンテージ、コンテンポラリー、そして個人的なアイテムが重ね合わせられたインテリアが主流になって、均一に流行でだけで集められたインテリアはあまり好まれなくなっています。観葉植物も同様なのでしょうか。均一な種類で集められた植物でなく、中心になる植物の周りに他の種を上手く集めたような置き方が、今の植物のトレンドのように感じました。適度にゆるいことがリラックスできる空間になっているのでしょうね。当社の六本木ショールームの植物も大きく育ってきました。広尾で事務所内に置いていたモンステラも大きく背丈を越えるように立派になり、今はショールーム内でピカピカな葉を見せています。フィカスも植え替えられ少し大きくなってきました。足元に置かれる胡蝶蘭もオープンのときにいただいた花が終わったものを植え替えて置いて花をつけはじめました。ぜひ、中庭の植物と合わせショールームでご覧ください。(クリエイティブディレクター 瀬戸 昇)

2026.05.27|

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ミラノの本当の姿

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.180 今年も4月のミラノデザインウィークへ行ってきました。24歳の時からミラノサローネへ行っているので、もう40年通っていることになります。最初は市内中心近くにあった見本市会場のフィエラ・ミラノ・シティで行われる国際家具見本市で、Duomoから7駅の便利な場所にありました。その会場までは9月に開催されていて、最後に行った年は真夏のように暑くクーラーのない会場はブースを照らすハロゲンライトの照明で、建物内がサウナのような温度だったことを覚えています。(その頃はミラノ市内のショップでもクーラーがないのは当たり前でした)2005年からミラノ市郊外の今のフィエラ・ミラノ・ローで開催されるようになり、暑さからは開放されましたが、地下鉄でDuomoから17駅と30分くらい遠くなり、会場も巨大で歩くことが大変になりました。そしてその頃から元工場跡で開催されるトルトナエリアやミラノ市内中心に様々なイベントが行われるようになり、世界中から人が集まるようになりました。 ミラノサローネはドイツ、ケルンで開催されるケルン国際家具見本市と2大家具見本市として知られ、同時に開催されるキッチン展は隔年でイタリアとドイツで別年に開催されるようになり、ミラノサローネでキッチン展が行われる年はインテリアコーディネーターの方が多く行かれるようになりました。この数年、このドイツとの共同的なキッチン展が崩れ始め、ドイツのキッチンブランドはミラノ市内でのショールーム展示に力を入れて、フィエラ会場には出なくなっています。そのため年々、館内のスペースが余るようになり、今年も通路が広くなり余ったスペースを隠すような幕が張られるようになりました。昨年の照明展も同様でした。家具ブランドも同じで、主要ブランドが多く出展していたフィエラ会場も市内へショールームをオープンさせ常設展示をするようになり、10年前まで訪問していた主要メーカーが半減しました。 これは展示会場での高騰する出展料や巨大なブースを設置するコストよりも市内でショールームを出す方が経費的に良いという判断です。昔は世界中からバイヤーが集まり、その1週間に1年の売上を作るための展示会で、購入するために見るバイヤーも、販売する側も真剣で、初日から3日間のバイヤーデー(一般人は入館不可)では真剣に販売目的の熱気が感じられました。今は、主要ブランドは世界エリアでエージェントが決まっており、主要都市にはフランチャイズの代理店があり、新規での仕入れが不可能になり、やりとりも決済もインターネットから簡単にできるようになったので、展示会の見せ方もバイヤー主流からユーザーへのイメージを見せる場へと変わりました。そのイメージの見せ方に人が集まるようになり、市内イベントではその集客を見込んで、デザインのお祭り的な期間となり、家具ブランド以外のインスタレーションなどブランド広告のイベントが多くなり、それに多くの人が集まるようになりホテル代高騰を招きました。 この数年、サローネ時期の渡航経費の高騰には困りますが、今年は円安が進みユーロが2割程度上がったこともあり、この数年宿泊しているホテルが一昨年一泊6万円程度だったのが昨年は9.3万円になり、今年は12万円以上になってしまいました。当社がミラノサローネツアーを開催していた15年前には2万円台だった頃から比べると異常な金額です。そのため、今年は日程をいつもの初日の水曜から三日間滞在を、金曜から日曜の一般デーにしてホテル代を少しでも安くしました。(最終日の日曜の宿泊代は半額に下がる)そして、私だけはサローネ開催時期の後の様子を見るために三日間延泊をして市内を回ることにしました。最終日の日曜に回るのも初めてでしたが、サローネ期間が終わってからのミラノは40年通って初めてのことです。最終日の日曜はファッションブランドのイベントは長蛇の列で入館は諦めましたが、日本でも知られる有名家具ブランドのショールームは閑散としていました。一般市民は家具ショールームには興味がないんだなと、、。 月曜から1/5の宿泊代になった同じホテルでは、急に朝食会場が混み出しました。サローネ期間では席が満席になることはありませんでしたが、通常のビジネスマンで一杯になり賑わっていました。たしかに仕事での出張でホテル代は10万円以上は出せないし、ホテルも日本のビジネスホテルグレードなので、普段はビジネス客が使用するホテルだったんです。サローネ期間が終わってから街を歩いて驚いたのが、あれだけ賑わっていた街中が閑散としていて、家具やキッチンブランドのショールームでは入館規制もなく、誰もいなくなった入口から普通に入り、中では普段の時間に戻ってゆったりと仕事をしているスタッフが少しいるだけで、見放題、座り放題、写真の撮り放題でした。ブレラにある人気キッチンブランドも期間中は長蛇の列でこの数年見ることも諦めたり、入れても人が多くて写真も撮るどころではなかったのですが、あの喧騒はどこに、、。 デザインウィーク期間中しか知らなかったこともありますが、こんなに静かに歩けるミラノだったんだと初めて知りました。来年からは期間中にショールーム以外を回り、終わってからショールームを回って歩こうと思いました。新作もそのまま展示しているし、ゆったりとインテリアや製品を見ることができます。お祭りのようなインスタレーションを見るのもいいのですが、それが仕事に役立つのかと考えると、期間中だけ楽しく見える万博的な展示を見ることよりも、有意義な時間を過ごせそうです。期間中に行く人が減れば、ホテル代も少しは下がるのではないでしょうか、、。さて、今年のミラノデザインウィークのレポートはゆったりとした空間で撮影した写真が多くあり、見応えのあるレポートができそうです。お楽しみに!(クリエイティブディレクター 瀬戸 昇)

2026.04.27|

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世界で一番有名な住宅の価格

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.179 インテリア雑誌にロサンゼルスのハリウッドにあるスタール邸が2500万ドルで売りに出されたことが書いてありました。スタール邸はピエール・コーニッグが設計し、ジュリアス・シュルマンが撮影したことで世界的でもっとも有名になった住宅で、ケーススタディハウス#22としても知られています。この住宅は1954年に元プロフットボール選手で看板職人として働いていたバック・スタールがハリウッドヒルズの自宅の近くにあった空き地を1万3500ドルで購入し、建設のため自力で整地などを行っていました。1957年、若き建築家ピエール・ケーニッヒに設計施工を依頼し、建設が始まったのは1959年9月、完成したのは1960年5月、建設費は3万4000ドル、プールの建設費は3,651ドルでした。この住宅をロケハンで2006年に初めて訪問した時には奥様が元気でお住まいになっていました。この住宅を建てたときは、こんな所、誰も振り向かない所で安く手に入れて、工事車両が入るのも苦労し、お金がなくて夫婦で整地したことや建物は3万ドルで建てたのよとおっしゃっていました。 アメリカ中流階級の人々に安価なプレハブ建築の魅力を知ってもらうために米建築雑誌「アーツ・アンド・アーキテクチュア」が企画した実験的住宅建築プログラム「ケース・スタディ・ハウス」の22番目の建築として建てられたスタール邸は、完成後すぐに写真家ジュリアス・シュルマンがこの家を撮影し、開放感とハリウッド市街が見える景色のあるモダン建築として世界一有名な住宅として有名になりました。奥様からは建築時の話や住み心地や、さまざまな雑誌や映画やテレビドラマに使われて、楽しかった思い出をお聞きしました。ガラスの面積が大きいので冬は寒く、夏は西陽の日差しが暑く、雨が降ると屋根の音がうるさくて、住み始めた頃はけっして快適ではなかったとのことでしたが、シュルマンの建築本で有名になったことで、さまざまな撮影で有名人に会えたりして楽しいことも多かったと笑いながらお話ししていただけました。 その後、奥様がお亡くなりになり、息子さんが相続して有料の完全予約制で公開されるようになってから、当社の建築ツアーで数回お客様を案内しました。行くたびに小綺麗にはなっていくのですが、地元の家具屋さんのスポンサーを受けジェネリックのミッドセンチュリー家具など時代に合わない家具が置かれるようになり、家は住まわれなくなるとリアリティをう事を実感しました。スタール夫人がお住まいの時はちょうど良い抜け感があったよのですが、、。今はお姉さん夫婦が所有しているようです。1960年完成の家に50年近く住まうのは住み替えが多いアメリカでは珍しい事で、コーニッグ建築が改装されず、ワンオーナーで住み続けた事は本当に珍しい事かもしれません。そのオリジナルの状態の住宅が売りに出されたという事で建築業界でも話題になりました。どこが販売権を持っているのか調べると、豪邸を販売している不動産グループのThe Agencyで、アメリカ西海岸建築ツアーでお世話になっていたブレア・チャンさんのグループ会社でした。 昨年暮れに販売されたスタート時には2,500万ドル(約40億円)でしたが、今現在は2,000万ドル(32億円)になっていました。この家はロサンゼルスの歴史的建造物に指定され改装は制限されていますが、建築された当時のオリジナル性が価値として、絵画アートと同様にアートコレクターに注目されています。もし取引成立したら、土地1,133平米/343坪、建坪204平米で2LDKとしては世界一の金額の住宅になるのかもしれません。一昨年に訪問したピエール・コーニッグが設計施工したケーススタディハウス#21のベイリー邸はもう少し小さな住宅でしたが、2006年に韓国人女性アートコレクターに318万ドルで売却され、当時モダンハウスとしては2番目の高額で、建築がアートとして取引された転換期と言われました。それがこの数年、有名建築の販売価格は美術品のような金額で取引されてついに2000万ドルになりました。アートと違い、固定資産税と火災保険の高額な固定費が永遠とかかるので、美術品より費用がかかるのですが・・・。 今年もミラノサローネへ行ってきます。アメリカ発信のインテリア流行で1970年代が大流行りでしたが、今年はどのような提案になっているのでしょうか。今までの重要顧客で、イラン戦争の影響を受ける中東や、景気低迷の中国などの販売から方向が変わっている事だと思います。中東経由の航空航路がストップし、倍近く高騰している航空券ですが、12月に予約したホテルが空きがあり、昨年の半額以下になっているのを見ると、相当来場者が減っているようです。今年のミラノサローネの展示会場は入場料の値上がりでしたが、主要ブランドの減少など、視察側も行くべきイベントなのか見極める時にきているような気がします。レポートセミナーは検討していますのでお楽しみに!(クリエイティブディレクター 瀬戸 昇)

2026.03.30|

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デジタルカメラはもう必要ないのか

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.178 最近、スマホを最新iPhone17 Proに変えました。徐々に進化しているのからか、この数年は劇的に変わった感じはしていませんでした。しかし、iPhone17になりカメラ機能がより進化して、ますます一眼レフの出番がなくなったと感じました。一眼レフカメラはスタジオ撮影での印刷用のカタログ撮影用かWebセミナー用の自撮りカメラでしかこの数年触っていません。iPhoneを初めて使ったのは第二世代のiPhone3Gで2008年だったように記憶しています。初めてiPhoneに触った感激から16年しか経っていないのかと思うのは私だけでしょうか…。それまでは折りたたみ式の携帯を持ち歩いていて、ボタン操作での文字だけのショートメールでしたが、とても便利で小さな画面でしたが撮影した写真を見て喜んでいてポケットに入る折りたたみが良いと思いこんでいました。iPhoneから劇的に変わりました。タッチセンサーの大きな画面は画期的で、PCメールやネット検索が可能になり、パソコンが手に入るサイズになったと感動しました。 といっても、iPhone3Gは8GBの容量で、カメラ機能は固定焦点の2メガピクセル(iPhone17は48メガピクセル)で、ズームやフラッシュ、オートフォーカスや手ぶれ補正はついておらず、ビデオ撮影もできず、他社の折りたたみ式の携帯電話のカメラ機能の方がまだ上でした。その頃のミラノサローネなど海外取材用カメラはコンパクトデジタルカメラの中では上位機種のパナソニックのLUMIX DMC-LX3で、10メガピクセルで手ぶれ補正など付いていて、カメラの機能としては数段上でした。それでも暗いインテリア写真やミラノサローネなど展示会での撮影では腕を固定してできるだけカメラを動かさずに撮らないと鮮明な写真は撮れずに暗くてボケた写真になっていました。コンパクトデジタルカメラはその後、ミラーレス一眼レフカメラなどができ、光学手ぶれ補正やデジタル手ぶれ補正など高画像への進化は続き、iPhoneのカメラ機能はまだまだでした。 最初はオマケのようなiPhoneのカメラだったのですが、iPhoneカメラの進化は続き2015年のiPhone6sから1200万画素になり、ようやくデジタルカメラに追いついてきました。そして、2019年のiPhone11 Pro以降のProシリーズからはナイトモードが搭載され、超広角、広角、望遠の三つのレンズで飛躍的に画質がきれいになりました。Apple社がiPhone「Shot on iPhone」としてiPhoneで撮影した広告写真を使っていました。それを知ったのは、2017年に当社のアメリカ西海岸でのカタログ撮影で同行していた、グラフィックデザイナーの高原宏さんからでした。ロサンゼルスで高原さんの娘さんのアメリカ人のご主人と会う機会があり、その方はApple社の世界統一広告を手がけていて、そのモノクローム広告を手がけた本人でした。それまではiPhoneで撮影した写真が印刷には耐えられないと思っていたので、あの鮮明で印象的な写真広告が嘘でなく、iPhone6で撮られたことを聞かされて認識が変わりました。 私自身取材でiPhoneの写真を使い始めたのは2019年のiPhone11 Proからでした。室内で撮影しても明るく広く撮影可能で、そのころ使用していたミラーレス一眼レフの写真と遜色なく、シャドウ部(影)の鮮明さやモニターやプロジェクターで見るとメリハリが効いた写真でインテリアには向いた写真が撮れるからでした。また、デジカメで周りが歪んでいた超広角もiPhoneでは自然に補正された写真になります。これは写真をきれいに見せるPC的な補正機能がiPhone自体にあるからです。今回手に入れたiPhone17のカメラ機能はより進化していて、一番驚いたのはカメラ用ボタンが付いたことです。iPhoneのインテリア写真セミナーでも画面の脇にある音量ボタンがシャッターの代わりになるので、それを使いましょうと話をしたことがありますが、左側に軽く押せるシャッターボタンが付いて、そのボタンがズームや被写界深度、露出やフォーカスロックまでできることです。もう、これ一台でいいやと思ってしまいました。 iPhone17は写真編集ソフトが進化していて、iPhoneでも使用できるGoogle社が無料で配布しているSnapseedかPCでPhotoshopを使っていましたが、パース修正や不要箇所の削除なども可能になり、これ一台で十分かと思いました。4月21日からミラノサローネが開催されます。40年前の1986年からミラノを訪問していて、そのころのミラノサローネでは、紙の地図片手に最大で36枚しか撮れないフィルムカメラ持参でしたが、最近はiPhoneでGoogleマップを見ながら、会社の仕事も、取材も写真編集もこれ一台で、まして、iCloudに保存しながらなので、盗まれても画像は残せるので安心です。本当に便利な時代になりました。でも、写真は構図ですので、できるだけ水平垂直を守った写真にしましょう!(クリエイティブディレクター 瀬戸 昇)

2026.01.29|

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流行に左右されないデザインとは

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.176 2026年新春アメリカ西海岸建築セミナーは、40周年を記念し2006年にスタートしたアメリカ西海岸での当社カタログ撮影を振り返るセミナーです。そのため、20年間の撮影資料のアーカイブから建築を厳選し画像を見直しました。今回、選んだ建築は撮影時、20年前の2006年、18年前の2008年、13年前の2013年に撮影した住宅を選んだのですが、画像を見ていて感じるのは10年以上前のインテリアとは思えないくらい古さを感じません。インテリアだけでなくファッションなどの雑誌を見ると、さすがに10年以上も前のものだと時代を感じ古くさい印象を受けるのですが、撮影に使用した住宅を見ると今でも新鮮に見え、撮影に選んだのが間違いなかったことに驚きつつ、当社のカタログ写真を見て安堵しました。家具デザイナーとして思うのは、インテリアはファッションと違い、生活の中で長く使われるもので、流行にあまり左右されないニュートラルでスタンダードなものが良いと思い仕事をしてきました。 選んだ住宅の1軒は、2013年に撮影に使用した家で、マリブの海岸線に1980年代に建てられ、2008年にリノベーションされ、60歳代の仕事をリタイヤした夫婦がお住まいでした。当社の撮影をする3年前にブラッド・ピット主演のマネーボールで撮影に使用された家ですが、その映画を見るとロケ時のインテリアと全く同じです。実際に住んでいる空間のため、リアリティのある裕福な大リーガーの住宅として見えました。そのインテリアを見ると家具やアート、小物など爽やかで今の時代でも色褪せることなく新鮮に見えます。置かれている家具もアートも奇をてらわないニュートラルな物で、初老の夫婦のためにモダンで長く使える物をデコレーターが選んだことが想像できます。撮影時、45歳の私は60歳を過ぎるとこのような家に住みたいなと思ったのですが、もう63歳になってしまいました。昨年の1月に発生したパシフィック・パリセーズの火災で消失してしまい、もう見られないのが残念です。 同じときに撮影したビバリーヒルズの住宅は、トビー・マグワイヤーなどハリウッド俳優のエージェントの方で、1957年に建てられた家を2010年に購入し2年かけてリノベーションしました。住宅のすべての床はテラゾーが敷かれていて、ピカピカの状態でした。その床のテラゾーはオーナーが1年かけてオリジナルに近いものを作ってリノベーションした自慢の床でした。撮影時に床を傷つけないように搬入することに気を遣った思い出があります。大きなリビングルームには奈良美智の大きな犬の像が置かれ、1950年代に作られたウラジミール・ケーガンのヴィンテージソファが置かれていました。それもウラジミール・ケーガンのデザインの中では主張が少ないソファです。ロケハン時はベーシックな印象で、さして気にしていなかったのですが、今見ると、キドニーソファは、この数年アメリカのモダンインテリアに使用されているデザインで、13年前にモダン家具と合わせたエクレクティックスタイルは時代の先を行っていました。 ロケハンや建築ツアーで訪問した住宅は200軒を超えていますが、その時代に流行ったデザインのものはなんとなく古く感じてしまいます。とくにイームズやプルーヴェの椅子が大流行した時に流行で集められたインテリアは時代を感じてしまいます。これはファッションと同じで大流行してしまうと、それが終わったあとには古臭く見えるのではないでしょうか。今回、アーカイブを見て感じたのは、流行に左右されないニュートラルな印象の家具やインテリアのほうが新鮮な印象を失っていないということです。一つのデザイン方向にだけ向けるのではなく、ヴィンテージの家具や照明なども取り入れて組み合わせるエクレクティックなスタイルが流行に左右されていないようです。あと重要なのは、清潔感のある仕上げが重要で、シャビーシックなインテリアでも清潔感を保っているということです。これは今の若者ファッションでも言えることですが、オーバーサイズのヴィンテージデニムを清潔感のあるトップスや靴と合わせたりする着こなしはいつの時代も好感が持たれます。 20年間のアメリカ西海岸のアーカイブを見ていて感じたのは、当社のカタログ用イメージ写真も時代を経ても古く見えないことです。10年、20年経っても新しく見えることはデザイナーとして少しうれしく思いました。当社のスタイルとして、これからも古くならないインテリアに使える家具をデザインすべきだと再認識しました。今週からアメリカ西海岸セミナーが始まります。元インテリアと当社の製品が入ってのビフォーアフターも比べていただけると思います。お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.12.26|

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ロサンゼルス巨匠建築の思い出

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.175 2025年も終わろうとしています。皆さまどんな一年だったでしょうか?当社にとって今年は設立から40年の節目で、2026年7月から41年目がスタートします。1985年設立から嵐のような毎年でしたが、仕事や人生観を変えるような仕事が何回かありました。その中でもカタログや雑誌広告用の撮影で、スタジオ撮影に立ち会ったことです。1980年代は紙媒体の広告が重要で、広告デザインと合わせ製品写真のクオリティが製品の売れ行きを決める時代でした。若い頃からスタジオ撮影に立ち会って、製品の見る角度や見せ方の重要性を知りました。それはプロダクトのレンダリング(スケッチ)で、かっこよく見せるフォルムバランスの勉強になりました。その後の撮影ではライティングから光で作る陰影で出す立体感、セット写真でのレイアウトのバランスなど、デザインの仕事に役立つことばかりで、毎回、本当に勉強になりました。 2007年から始まったアメリカ西海岸での撮影は毎回、冒険のようで、私自身のデザインにもっとも影響を与えました。アメリカでの撮影を始めるときに幸運だったのが、ロス在住の撮影プロデューサーの靖子さんとの出会いで、ファッションデザイナーや建築家、デコレーターやアートのことにも精通した靖子さんが選んだ家を、ロケハンしたり撮影に使用することができたからです。当社が長く続けていたお客様と行ったアメリカ西海岸建築ツアーも同様で、一般公開されている見せる施設でなく、人が住まういきた住宅や、実際に働くオフィスや使われている建築を見ることで、本当のいきたインテリア空間を感じることができたのが、今の私自身、仕事の基本になっています。まだiPhoneも出ていないGoogleマップもない時だったので、地図片手にレンタカーを運転し、40フィートコンテナに満載した荷物をフォークリフトで荷下ろし、仕分けからトラック積み込み、撮影機材の借り出しして、撮影場所ではオーナーが住んでいる住宅から家具を搬出して、当社の製品を搬入撮影し、終われば元どおりにしてクリーニングする作業は日本でも経験できないことでした。 先日、アメリカの建築家フランク・ゲーリーがお亡くなりになりました。ロサンゼルスのダウンタウンにある、ゲーリーの代表作であるウォルト・ディズニー・コンサートホールの撮影を思い出しました。ステンレス板のバラの花びらが開いたような建物で、近くで見るだけで胸が高鳴るような気持ちになり、内部に入るとダグラスファーの巨木をイメージした内装で、ゲーリー建築に触れながら、ここで撮影できればと思ってしまいました。アウディなどの車メーカーや有名企業が外観で撮影に使っていたことは知っていましたが、大規模な建築を借りての撮影は機材や搬入など人員も大変で、何よりロスを代表するような有名公共建築を当社のような小さな会社が借りることができるのかがいちばん心配でした。しかし、さすが靖子さん、撮影許可はすぐに下りました。それも全館で撮影可能になり、中のメインコンサートホールでの撮影も可能になったのは驚きました。撮影は搬入経路が長くセキュリティが大変で、メインホールではフィルハーモニーのリハーサル中で、その合間をぬっての撮影でした。 1987年にスタートしたウォルト・ディズニー・コンサートホールのプロジェクトは、当初石造りで計画されましたが安価なステンレス鋼に変更されました。それが、逆に特徴的な存在感を出す建築になりました。裏庭には多額の寄付したディズニーの奥さまリリアンの好きだったデルフト陶器の破片で作られたばらの噴水があります。うねるステンレスの板は最初は鏡面でしたが、近隣の集合住宅から反射熱のクレームがあり、バイブレーション加工し艶消しにされました。内部の通路にはその鏡面の名残が残っています。内部での撮影でメインホールでの撮影も許可されましたが、リハーサル中で機材撤去など時間に追われました。メインホールのパイプオルガンの前で撮影は初めてというスタッフに感心されながら撮影したことなど、本当に思い出深い場所です。LAにはゲイリー建築はいくつかあります。2022年にオープンしたディズニー・コンサートホール前にあるホテルのコンラッド・ロサンゼルスや、ベニスビーチにある巨大な双眼鏡のあるビルは街のランドマーク的な建築になっています。 LAのゲーリー建築はほとんど行きましたが、建築ツアーで行きたかったゲーリーの自邸に行けなかったことが心残りです。今年の1月末にロサンゼルス近郊での大規模火災でかなりのエリアが消失しました。Googleマップで見ると訪問した住宅は何件かなくなっていました。その中にノイト設計の住宅があり、貴重な建築が失われたのは非常に残念です。1月末に当社がカタログ撮影で使用した住宅の建築セミナーを開催する予定です。2025年も本当にありがとうございました。皆様良い年をお迎えください。(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.11.30|

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バイオフィリックデザインとは

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.174 40周年記念パーティーと六本木本社での新作発表会が終わりました。40周年には800名近いお客様にお越しいただき、本当にありがとうございました。懐かしい方や遠方のお客様にお会いできて、大変嬉しく思いました。40年を振り返る初期の図面や、モデルの年表などを見ていただき、「懐かしい」という声や、手書きの図面は微妙な線の太さが変えられ、美しく感じられ、ポスターにして欲しいなど、ありがたいお言葉をいただきました。また、たくさんのお客様のご来場で、展示品に触れることができなかったとのお声をいただきましたが、40周年の図面や模型展示は1月末まで六本木本社で行っていますので、新製品の展示と合わせてお楽しみいただけます。六本木本社ショールームへお越しくださいませ。 2026モデルの新作発表ではエフォートレスなクラシックモダン大人のカジュアルデザインを目指した1980年代を感じていただける製品を発表しました。また、従来製品をより魅力的なバリエーションにするために製品追加を行い、その説明をさせていただきました。バリエーション追加では2023年に発表した有機的な形状のキドニーソファの新しい進化製品を発表しました。そのキドニーソファは現在、当社の販売の中では群を抜いて好調な製品です。以前、コラムの中でニューヨークのビリオネアーズ・ロウのペントハウスで有機的なキドニーソファが部屋の中心を飾る置き方をされていて、バイオフィリックデザインという考え方に基づいているインテリアと紹介しました。今回の新作展示会ではその話をさせていただきました。バイオフィリックとはバイオ(生命・自然)とフィリア(愛好・趣味)を組み合わせた造語です。 その時に少し話したバイオフィリックデザインのことを少しお話ししたいと思います。バイオフィリックデザインは人間が本来持っている「自然とつながりたい」という欲求を、建築や室内空間に取り入れるデザイン手法で、自然の要素を積極的に活用することで、心身の健康や生産性の向上を目指すことで、アメリカの生物学者であるEdward Osborne Wilson(エドワード・オズボーン・ウィルソン)の理論を基盤としています。その理論とは、人間が他の生命体や自然とのつながりを求める本能的な欲求を持っているという考え方です。1970年代後半からウィルソンは、地球規模の生物多様性保全に関わり研究しました。1984年には「バイオフィリア」を出版し、人が自然環境に惹かれる進化論的、心理学的根拠を探りました。 バイオフィリアという言葉は、精神分析医のエーリッヒ・フロムによって1973年に初めて紹介されました。その後、1984年のウィルソンの著書「バイオフィリア」によって広く知られるようになりました。この作品で「バイオフィリア」という言葉が広まり、現代の保全倫理の形成に影響を与えました。バイオフィリア仮説は、人間は生存と個人の充足のために進化の過程で自然や他の生物とつながることへの遺伝的欲求を持っていることを示唆しています。この考え方は日常生活にも当てはまり、人は国立公園や自然保護区を観光したり、ビーチでリラックスしたり、ハイキングや山に登ったり、自然に触れるために旅行し、お金を使います。アメリカでの住宅購入の観点では、自然の景色を望む住宅により多くのお金を使う傾向があり、購入者は景観の優れた住宅には7%、水辺の景色を望む住宅には58%、ウォーターフロントの住宅には127%より多くのお金を使い、動物との友情を大切にして6,020万人が犬を、4,710万人が猫を飼っています。コロナ禍でその傾向はより高まってきました。 日本でもコロナ禍に自然の中で過ごすキャンプやグランピングが流行し、インテリアに植物を多用するようになったのはバイオフィリア理論からだったのかもしれません。また、インテリアに有機的なデザインの家具が多く取り入れられ、1970年代の丸っこいソファが使用され、今はその時代の復刻製品が多く見られるようになりました。そして、アメリカのインテリアでもキドニーソファのような有機的なソファが多く使われるようになり、当社のキドニーソファも人気を集めています。デザインや物事には全て理由があるんだなと、この年齢になって改めて感じました。2026年モデルの新作コンフォートチェアは1980年代をイメージしました。1970年代の不安な社会から解放されるように、少し明るく感じる未来へ向けてデザインしました。今週は大阪、名古屋でコンセプト説明を行います。お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.10.31|

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1980年代はアナログ時代

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.173 1980年代人気はバブル時代のパロディダンスだけかと思っていたのが、ファッション、アートだけでなくTVドラマも作られるようになり、バブル前の1980年年代のカルチャーが熱くなっています。インターネットも普及していない時代、1980年代初頭、大学生だった私にとってはアートだと美術手帖、ファッションやカルチャーならポパイやブルータスなどの雑誌が主な情報の入手源で、その中でもビジュアルやファッション、写真など流行の先端は流行通信でした。今は休刊となった流行通信は1966年「森英恵流行通信」として創刊された日本のファッション雑誌の中でも歴史ある雑誌の一つでした。アートディレクターとして、横尾忠則・浅葉克己・長友啓典・高原宏などの著名人が関わり、カメラマンとしては、篠山紀信、荒木経惟、稲越功一、上田義彦はじめ、各時代のトップが競って参加し、日本の最先端アート・カルチャー・シーンのショーケース的役割を果たし、芸術学部の学生の中でも購読必須の雑誌でした。 そのアートディレクターの一人だった高原宏さんに20年以上前から当社のカタログや撮影のアートディレクターをお願いしていて、今は息子さんの高原真人さんと二人に関わっていただいていています。今年の新作の2026モデルの撮影やカタログ関係も進行中です。以前のコラムでも書きましたが、高原宏さんは学生時代に聞いていた山下達郎のレコードジャケットのアートワークをずっと手がけていて、山下達郎と鈴木英人を見出した方です。そんな方と気がついたら仕事をご一緒させていただいているのは本当に幸運な事で、今回の撮影でも一緒に家具を移動していただいたり、仕事に対する姿勢も本当に見習う事が多く尊敬する大先輩です。私自身が社会人になりエーディコアに参加するようになった40年前の1980年代には、高原宏さんは大御所で学生時代にルームシェアしていた同級生が高原事務所に入所した時に、その彼から嬉しそうに報告があった記憶があります。 新作の撮影時に、11月に開催する40周年に使用するために昔の図面や資料を探した時に広告の版下が出てきて、当社の若いスタッフが驚いていた事を話しました。今は写真や広告データもデジタルで出来上がりを確認する事ができますが、30年近く前までは広告も紙の版下原稿で文字も写植屋(文字を打つ会社)さんに依頼して、それでも文字間など合わないのでデザイナー自ら手貼りで調整し、写真もアタリだけ書いてポジ写真を添付し、文字の色もDICの紙色見本を付けていて大変だったんだと話をしていて、高原さんから雑誌の編集も全ページ版下だったので山のような紙原稿を作る事にかなり時間を労したと話をされました。今ではカラー画像でサンプルを見る事ができ、出来上がりと違う事はありませんでしたが、昔は写真も広告なども切り貼りしたモノクロデータで想像して確認し、完成についてはデザイナーやカメラマンを信用するしかありませんでした。 今、撮影はデジタル化していて、画像修正など簡単にできるので、スタジオの床や壁のホリゾントと言われる白い床の汚れやゴミもを気にしなくても後でフォトショップで消したり、部分的に立体感や影を付ける事や、画像をはめ込んだりする事も可能で、写真自体も撮影せずにデジタルで作る事も可能な時代になってきました。昔はデジタル修正など無かったので、陰影の出し方や立体感を出す照明調整や床のゴミや埃まで気を使い最終チェックして、息を止めるようにシャッターを押していました。それだけ、一つ一つの仕事に真剣になっていた時代でした。インテリアの図面やプレゼンテーション製作も同じで、手書きのパースに切り貼りで作るしかなく、レイアウトプランや写真の張り込みもコラージュアートのようにセンスが必要で、やり直しがきかないので、緊張して製作した記憶があります。 40周年記念展示会に向けて40年前の商店建築用の広告版下を探し出したのはいいのですが、その頃に使っていた接着剤のペーパーセメント(貼り直しが出来るゴム系接着剤)が劣化し、貼っていた文字がバラバラに剥がれ落ちてしまい、ピンセットを使って接着し直しましたが、懐かしくも、よくこんな事やっていたなと感心しました。今はPC上で移動やペーストなど簡単にできますが、昔は文字の行間を調整したり、色を指定するために大日本印刷から出ていたDICの色見本帳のサンプルを添付したり、手間もお金もかかりました。今ではPCソフトがあれば、誰でもグラフィック的な作業はできますが、昔は職人技の世界でした。その職人技を持ちながらデザイン的センスと想像力がなければ出来ない仕事だったんだなと再認識しました。 撮影で今年もご一緒した高原宏氏もアナログとデジタルの両方できる人ですが、アナログ仕事もされていた事で、細かな箇所も手を抜かず気配りができるんだと思います。私自身もアナログからデジタルへの移り変わりを経験しているので、若い方が流してしまう所も気が付いてしまいます。今回の新作も試作から製品撮影まで携わりました。どんなカタログになるか楽しみです。40周年記念イベントは1980年代の仕事の一部を感じていただける展示にする予定です。お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.09.29|

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インテリアにもレストモッド

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.172 レストモッド(resto-mod)とは、古い車を修復して改良することで、レストレーション(修復)とモディフィケーション(改造)を合わせた造語です。これまではビンテージカーはレストアを行う場合、ビス一本まで限りなくオリジナルな状態に戻す方法が最善で、製造された状態に近いほど価値がありました。イタリアのスポーツカーメーカーのフェラーリが自社で公認するフェラーリクラシケはその世界のトップクラスで、それを取得することを目指すオーナーも数多く存在します。ランボルギーニやポルシェも修復部門を持ち、自社のブランドを高めることにも役立てています。また、オリジナル状態の車の価格が高騰し、本来乗って楽しむことを目的とした自動車から、所有するだけで美術品と同じ投機対象とされる目的が多く、所有して走行距離が伸びて価値が下がることを恐れて乗られていない車が多く存在します。 その流れとは別にレストモッドという手法がありレストアとは違う方向の、改良手段として人気になっています。レストモッドとは、外観はオリジナルに修復し、エンジンや足回りなど最新パーツを流用して、現代の交通事情に合わせ快適に乗るために行われます。以前は走り屋が早くするために違法改造を車に施すことが知られていましたが、現在はレストアと異なる価値を与える手法として世界的に流行しています。例えば、ポルシェのナローと言われる1970年代の911は高騰していますが、50年以上たった車に快適性はなく、運転を楽しむには適していません。その70年代車体を修復し、新しい年代のエンジンや機器を搭載する改造や、新しい車の外観を1970年代風に見せる改造を施したナローポルシェがマニアの間で人気を集めています。レストモッド専門の「シンガー」という会社は、顧客の持ち込んだ車体にレストア&モディファイを施すことで有名になりました。彼らが有名になったのは964と言われる1993年までの空冷の最終モデルに最新パーツを使い、1970年代の形に戻す手法で、内外装は顧客のニーズに合わせることで大成功を収め、アメリカとイギリスに750人のスタッフを抱えるまでになりました。 アメリカでは車の改造だけでなく、建築にも同じような手法があります。有名建築家が設計したミッドセンチュリー時代の建築を美術品と同様、投機目的のもと設計図に戻すレストレーションや、家具もオリジナル時代の物が高額で取引されています。一方、レストモッドに近い手法で、外観はオリジナルに修復し、内部は最新式の機器に変更して、現代的に快適に過ごす改良された建物が多く存在します。ロサンゼルスのダウンタウンにあるアールデコビルなどは、外観はそのままで、快適なコンドミニアムや店舗にして新築物件よりも価値のある取引がされるリノベーションです。ダウンタウンのデパートとオフィスに使われていた1930年のイースタンビルや、1925年のナショナルビスケットカンパニーの工場をコンドミニアムに改修したり、映画館として使われていた廃虚建物がアップル社の旗艦店として改修された建物があります。どちらも骨格を含めて外観や内装の多くはオリジナルに修復されており、人が関わる場所については、エアコンの吹き出し口を工夫したり、トイレやプールなど最新技術を使って改良されています。日本で多く見られる歴史的建造物の一部の外壁だけ古い箇所を残し中は普通の事務所仕様にしてしまう改修とは考え方が違います。 欧米ではヴィンテージカーと同様、プロダクトだけでなく建築にも懐古的なデザインに価値を持つ人が多く存在します。価値を感じる人が多いということはビジネスチャンスがあるということで、欧米ではそれをビジネスにする会社が多く存在しています。日本でも昭和風のプロダクトや1980年代の旧車が若者に人気になっています。アメリカでの日本の旧車人気も影響されているのですが、アメリカでは製造から25年以上経過した右ハンドルの車をそのまま輸入できる法律の例外にあたる特別ルールが存在して、そのルールで日本製の旧車が安価で輸入できるようになり、今ではその時代の旧車にしかないデザインが人気で、価格よりもデザインが人気の理由になっていて、その影響で日本での旧車の価格も高騰しています。日本では以前はお金のない若者が安い中古車や古い物件にしか手が出ないというニーズからでしたが、建築やインテリアでも自動車同様、他にはない無二のデザイン性が価格を決める時代になってくるのではないでしょうか。その際に重要なのは基本骨格と表面のデザインを大切する事です。 日本では古い建物や住宅がどんどんなくなりつつあります。リノベーションだけでなく、建築をレストモッドし付加価値を追加して取引することも考える時代になっているように感じます。当社は1985年からの製品が残り続けています。40年たった製品は今の若者にも共感される物になっているのでしょうか…。他にはない無二のデザインになっていければと思います。今年は40周年記念イベントも企画しています。その前に展示品のセールもありますので、お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.08.29|

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天然と人工のレザーとレザーフリー

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.171 先日、久しぶりに接客対応をしました。そのお客様はご家族と最終確認に来られたのですが、前回来社された際に故郷の高知出身のお客様ということで親しくお話しさせていただきました。今回は検討中の製品についてアドバイスを求められました。現在検討中の製品が空間と合うか、小さなお子さんがいるので、使用予定の素材の耐久性などについて、私自身は営業とは違う観点で考えるので、自分ならといろいろお話をさせていただきました。座り心地では、お客様が検討されていた製品とは違う製品を示して、椅子は腰当たりで長く座れるかが決まることや、素材の耐久性の違いや使い方などを提案しました。せっかく決まっていた製品や素材だったのに、営業担当に申し訳ないなと思いながらも…。 使用される予定のファブリックは人工レザーだったのですが、それを見て「何年くらい使われますか?」とお聞きすると、孫が小さいので汚れにくく耐久性があるものが良いと思い、耐久性の高い人工レザーを選ばれたとのことでした。私からは「6年程度なら人工レザーの方が良いかもしれませんが、10年以上使うなら天然革に勝るものはありません。」とお伝えしました。私と同年代だったので「昔はビニールレザーが使用されていた車やバイクのシートは劣化して割れており、最近では使われませんし、最近は耐久性が上がっていますが革には勝てません」とお話ししました。そう話をさせていただき、接客担当に変わりました。後から、営業担当者が製品がグレードアップし素材も革に変わったと喜んでいたので、お客様が提案したものに変えていただけたことがわかりました。 人工レザーの方が天然皮革より耐久性が高く汚れにくいという認識は強く、素材自体が劣化するということはあまり知られていません。人工レザーは素材によりますが、湿度や紫外線で劣化が進みます。これは製品素材が生産された後から始まります。天然皮革や天然素材のファブリックは環境によって劣化や退色することはありますが、素材自体が溶けたり崩壊することはあまりありません。昔の自動車のシートの割れなどは良い例で、私自身もスニーカーのスタンスミスで本体の革が大丈夫なのに、後ろのブランド名の緑のタグがボロボロになったことや、母の遺品整理をしているときに見つけた40年近く前のイタリアからのお土産のブランドバッグが表面の革はまったく何もなっていないのに、中を開けると内装の人工レザーがベトベトに溶けてしまっていた経験など、人工レザーの劣化を経験しています。一方、若い頃に買った天然皮革のジャンパーや革靴は今でも現役で使えています。 最近、レザーフリーやアニマルフリーとして、本革を使わないことを聞くことが多くなってきました。動物の本革を使用しないということで、動物を殺さない動物愛護ということでスタートした運動で、一部のファッションブランドから始められました。その代わり、植物由来のヴィーガンレザーが注目を集めるようになりました。ヴィーガンレザーといっても多くの製品はまったく石油由来の素材を使用していないわけではなく、下地に天然素材を使用し、表面にはポリウレタンやPVCをコーティングして作られています。自動車メーカーでもレザーフリーをPRする会社が海外では増えてきました。アニマルフリー運動は毛皮素材のためだけに飼育されるミンクやフォックスやワニやヘビなどのエキゾチックレザーと混同されていて、車や家具に使用される革は100%食用肉の副産物です。命ある生き物を殺して生活している私たちはその命を100%いただくことで持続可能な生活ができるのではないでしょうか。 天然皮革が耐久性が高い理由は下地の強さにあります。天然皮革はコラーゲン繊維が絡んでいる下地、その上に銀面と言われる強い表皮層が一体化していて、その上にウレタン塗装などの染料を塗布しています。皮のコラーゲン繊維を鞣して革にするために、クロムなめしやタンニンなめしを使用します。そのクロムなめしのクロムが六価クロムと誤解されていますが、クロムなめしに使用されるのは自然界に存在する三価クロムです。限られた予算とある程度の耐久性では、人工レザーの方が優れていますし、メンテナンスさえすれば長く使えるのが天然皮革です。用途によってお使いいただければと思います。私も知らなかったのですが、2024年3月に日本産業規格(JIS K 6541用語)が改訂され、「革」および「レザー」という用語の定義が厳格化されました。この改訂により「革」や「レザー」と呼ぶことができる製品は動物由来のものに限定されることになったそうです。 30年以上前に購入して修理しながら履き続けた革靴も裂けてきたので、役目を終えようとしています。何度も修理をして足になじんだ革靴を諦めきれずに、磨きながら捨てようか悩んでしまいます。今の自動車は電気パーツが多いので、10年以上使うことは考えなくても良いので人工レザーの使用が進んでいるのかな…と思いました。そろそろ2026モデルの新作試作の素材を決めないといけません。今年で40年になったエーディコア・ディバイズです。50年に向けての素材選びも重要です。お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.06.30|

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家具レイアウトは快適性を左右します

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.169 先日開催しました「家具のレイアウトと人間工学セミナー」に1300名を超えるお客様に参加いただき、当社で開催したWebセミナーでの最多参加者となりました。終了後のアンケートでは沢山のみなさまに感想をいただきました。いつも感想を書いていただくのですが、こんなに沢山のお客様から長文の記入をいただいたのはあまりなく、全てを拝読するのに半日かかりました。いただいた内容は「ストレスが無いレイアウト寸法と通れるだけのレイアウトは違う」「人が座った寸法を想定してのレイアウトが大切」「椅子やソファの定員でなく実際に使用できる人数が大切」「曲線家具が直線家具より有効に使用できる事が目からウロコでした」など、プロの方からの声をいただき、長年行ってきたスキルアップセミナーの中で一番やりがいのあったセミナーでした。 これまで家具の作り方、革の製造など素材について、インテリア写真の撮り方、家具の人間工学など、インテリア知識の一部となればと様々なスキルアップセミナーを開催してきました。今回のレイアウトセミナーは、コロナ禍中に当社スタッフが、お客様からいただいた平面図の家具位置に点線の場所に、指示された家具をレイアウトしてるだけの、理由や使い勝手を考えず、担当営業から言われた事をするだけの作業になっていて、意味も理由も考えないプレゼン用の図面を見て、社員教育をする必要性を強く感じました。実際の社会人になっての仕事は学校で教わる以外に実務を通して覚える事や、先輩たちから教えてもらい身につける事が多く、コロナ禍では現場に出る事も少なくなり、人との関わり合いも少なくなり、指導も不十分になります。その為、私自身も反省し社内勉強会を開く事にしました。 私自身、40年以上家具のデザイナーとして仕事をしてきましたが、会社の先輩だけでなく、ベテランのお客様から叱られたり教えられ、仕事を覚えてきました。家具のレイアウトもその一つで、家具デザイナーになりたいのに、レイアウトなんて平面に置くだけでしょ、と思っていました。しかし、実際に仕事をしていると、レイアウト次第でホテルや旅館などの宿泊施設の効率性、レストランでの快適性がリピートへ繋がる事など、家具デザイン以上に重要な仕事でした。また、人間工学的寸法だけでなく、国際的マナーでのサイズ決定などはお客様へのセールストークに繋がり、信用されるデザイナーと感じていただけるなど、本当に役立つ事が多くありました。レイアウトセミナーを開催する事を決めた際に、当社営業部からプロのお客様に失礼では?怒りを買うのでは?との声がありましたが、私自身、社外の大先輩から指導された経験からやるべきだと思い開催しました。 実際にセミナーをする事になり画像を作りながら、自分自身の経験値の事を見直す事になりました。人間工学的モジュールは学生時代に習った事ですが、様々な高さの家具との間など実践的なサイズについては、社会人になっての経験値で得てきた事が多く、改めて資料作成するとなると参考本が無く一からになりました。レイアウト資料を図面から作りながら改めて家具レイアウトの大切さを感じ、私自身も忘れかけていた事の再認識になりました。平面図で家具で埋めるだけだと使えない事が多く、ダイニングセットは、椅子を引いた状態でなければ座る事ができません。またソファやラウンジチェアなど低い椅子に座ると人は脚を前に出すのでセンターテーブルとの間は多く取る必要があり、ソファの座の高さによって隙間が変わります。どちらも人が使用する状態でレイアウトをする事が重要です。そのモジュールを決めるのは人間工学寸法で、なんとなくでなく、具体的なモジュールを示す事ができればお客様にも納得いただけます。 「曲線家具が直線家具より有効に使用できる事が目からウロコでした」は、レイアウトする場合には狭い場合ほど、デッドスペースを少なくする必要があり、狭い空間だからと通路や隙間をできるだけ少なくしてレイアウトすると逆にデッドスペースが増え使えないスペースが増えてしまいます。実際に人型を使うと視覚的に見やすくなり、L型のソファの角はデッドスペースで、コーナーをラウンドにするだけで人が座れるようになります。インテリアの流行だけでなく、ストレスの無いインテリアを作る為にも曲線家具が必要とされています。最近使う事の無くなった、テンプレートという樹脂板でできた手書き用の製図用品を手に取りながら、これを何枚もダメにして買い替えた事や、レウアウトを書く前にレストランやオフィスでも隣との距離を定規で決めてレイアウトをした事を思い出しました。次のセミナーもスキルアップのためのセミナーを企画します。お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.05.30|

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ビリオネアズ・ロウのインテリア

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.168 先日、NHKの「ステータス」という番組でニューヨークの「Billionaires' Row」ビリオネアズ・ロウのペントハウスの事を放送していました。ビリオネアズ・ロウは、ニューヨークマンハッタンのセントラルパークの南端近くにある住宅用の300メートルを超える超高層ビル群の事で、超高額レジデンスが並ぶ事から億万長者の列と言われています。そのビリオネア・ロウのペントハウスの最高額は360億円という事で、その最上階のペントハウスにディレクターが一晩過ごす為に奮闘すると言う番組でした。話題のニューヨークのビリオネアズ・ロウの番組なので見る事にしました。 番組内では、超高額住宅という事もありガードが固く不動産資料なども無く、住人に見せてもらおうとしても、不動産登記にも名前が掲載されないようにダミー会社になっていたり誰が住んでいるのかも分かりません。あきらめかけた時にようやく現地の購入希望の日系女性を紹介してもらい、同伴者として中を見る事ができるという内容でした。様々なハイエンドな物を取り上げている番組で、取材するディレクターは同じなのですが、Tシャツと野球帽の姿で、取材は無理だろうと思っていると、流石にハウスツアーの時にはスーツ姿で、TPOは分かっているんだと思いました。私自身も西海岸で住宅を取材する時はYASUKOさんの紹介で同伴するのですがアイロンの効いたシャツとジャケットを着て訪問します。 その番組では最高額の360億円の住宅を見る事はできなかったのですが、違うビルの80億円近いペントハウスには訪問する事が出来ました。超高層ビルでペンシルのように細長く、地震の多い日本では揺れが心配になります。エレベーターで上がる時に揺れるエレベーター内で「日本製のエレベーターでないので揺れますね」と日系女性の声で本当に揺れている事が分かります。案内人からは購入しても月の管理費と税金だけで7万ドル以上かかると聞くとディレクターはため息です。そして、それを安定的に支払う人でなければビリオネアズ・ロウの仲間に入れない世界と言われていました。先日、コラムに書いた西海岸のハイエンド戸建て住宅でも同様の経費がかかるので、アメリカの高額不動産の敷居の高さを感じました。 ペンシルよりももっと細長いビルで、狭そうに思ったのですが、ワンフロアは最大2戸で、上層階はワンフロア1戸か上下2~4フロアを占有する広い面積です。目指す部屋はエレベーターにはPHのマークがあるだけで最上階のペントハウスと分かります。エレベーターを降りると、どのビルよりも高い景色とセントラルパーク全体が見渡せます。北側に面したセントラルパークにはビルの影が長い影を落とし、自分がいかに高い位置にいるのかが分かります。目が眩みそうな高さに目を奪われながらインテリアに目を移すと、アメリカハイエンドならではのインテリアです。広い空間を埋めるだけの家具で無く、空間の中にコーナーごとに人の過ごす位置を置く、ゾーニングがしっかり考えられているようです。また、そこに置かれる家具は知っているブランドでは無く、ハイエンド家具とでも言うのでしょうか、流行にあまり左右されない落ち着きのある家具です。 柔らかなカーブした形のソファが空間の中心に置かれています。当社で3年前から展開しているキドニーソファのようにカーブしたソファが空間のメインと部屋のコーナーに置かれ、柔らかな雰囲気を出しています。2020年以降、欧米では曲線を使用した家具が多用されるようになってきました。これは、コロナ禍の息の詰まる緊張した世界から精神と感情に心地よい空間を作るために、バイオフィリックデザインという植物などの自然を感じさせる空間デザインに取り入れた事も一つと言われ、1970年~80年代の柔らかな家具が見直され復刻されている理由です。カーブした家具が生まれたのは1890年代からのアール・ヌーヴォーで、その後、1920年代~アールデコ、1950年代~ミッドセンチュリー、1970年代~ポストモダン、現代と曲線を基調とした家具デザインが精神を安定させ快適さを生む家具として使用されるようになりました。 一時期、忘れかけられていた曲線家具が近年に復活したのは、1970年代から多く使われるようになった現代ソファの基本になっている直線だけだったモジュラーソファに曲線の組合せが使われるようになったからです。広い空間の中心で存在感を演出したり、部屋の隅に心地よい空間を作るなど使いやすさも増したからかもしれません。当社のキドニーソファ/NC-075もモジュラータイプになり急に販売数が増加しました。空間の中心だけと思われていた曲線家具が部屋のコーナーで植物や照明と合わせながら設置すれば、柔らかな精神的に安らげる空間にする事も可能です。今回見た目が眩むような高さの超高層ビルからの緊張した景色を和げるような効果も考えたかもしれませんが、高さの恐怖感で緊張する空間に安らぎ感を出していました。 バスルームにも曲線のニッケルのバスタブが使われていたのも印象的でした。 ラウンジチェアも四角いデザインから柔らかな円形が人気になりつつある事も空間に安らぎと快適性を与えるからかもしれません。ホテルや旅館でも昔は馬蹄形の形を使ったのは空間の雰囲気作りだけでなく、動線などの通行性も考えてのことでした。近々開催するレイアウトと人間工学でも曲線家具を使ったレイアウトをお見せするかもしれません。お楽しみに!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.04.30|

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ミラノサローネとデザインイベントを憂う

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.167 今年もミラノへ行ってきました。ロー・フィエラで行われる家具見本市のミラノサローネと隔年開催の照明展ユーロルーチェ、ミラノ市内で行われるデザインイベントを回ってきました。ネットで発信されるニュースや画像も多く、今年も沢山の所でトレンドセミナーとして開催される予定です。今回のコラムでは40年近くミラノへ行きながら正直な気持ちをお伝えしたいと思います。今年のミラノで行われたイベントはコロナ禍以降に広がった、入場制限と顧客のみを入場させる振り分けをする上位ブランドと、顧客データ収集のための事前入場登録させるブランドや展示会、大行列を産むだけのファッションブランドのイベントなど、徒労に思う展示も多く本来のワクワクするようなデザインイベントとは違ってきていました。今年のミラノサローネ来場者は302,548人(2024年370,824人、2019年386,236人)と昨年の87%となりました。それ以上にミラノ全体の人出も減っていると思うのはミラノホテルの最沸騰や渡航コストなどが、費やす時間に合わないと思う人が多くなってきたからではないでしょうか。そろそろミラノで開催されるというだけで行く時代は終わりにしないと、と感じたミラノでした。 その理由を少し話したいと思います。25年以上前のミラノイベントはフィエラ会場が市内中心地に近くその会場がメインで、世界中から集まるバイヤーと年間成約する売上のための展示会でした。当社でもミラノサローネへ出展したのは1989年で今から36年前でした。その頃は世界から主要ブランドが出展しており、見本市で新しいデザインを発表していました。そのミラノサローネを訪れると一同に集まったブランドと新作が見られる貴重な場所と時間でした。その時代はインターネットが無く渡航して視察するしかなく自分の目で見るかありませんでした。各ブースでは情報として紙のカタログを受付で申請してもらいます。その紙媒体は重く一日回っているとキャリーバックを持参しないと、とても持てませんでした。写真に関してもも気軽に撮れるデジカメやスマホなど無く、また各ブランド共、撮影に対して規制が厳しくプレスパスを持っていても入場で許可を取らないといけなく、情報自体が価値のある物でした。その時代から毎年訪問し、情報を社内共有していたので、自社の情報だけにするのはもったいないとお客様へのミラノレポートとしてセミナーを始めました。 ミラノサローネ時期に家具の展示会だけだったイベントが大きくなり、世界中から見学者が増えてくると、その期間にデザイナー個人の作品発表や企業PRのインスタレーションなどデザイン祭りのイベントが中心となってきました。今ではミラノ市内で行われるデザインイベントがメインとなってきました。そのイベントの規模や質もミラノに行かなければ見られない事で、世界中からの来場者が増え、そのためミラノ市内ホテルの宿泊費も高騰しはじめ、20年前までは2倍程度だったのが、3倍~5倍になり、昨年宿泊した中心から少し離れた場所にあるホテルは昨年一泊6万円だったのが、今年は9.5万円と、通常一泊1.5万円程度の部屋が6倍以上の金額になりました。ミラノ中心に近いエリアのホテルは期間中、一泊平均12.5万円以上で、ホテルの高騰ぶりは狂乱状態です。それをスタッフ同行で3部屋5泊以上はとても宿泊する事はできず、4泊に減らさざるえませんでした。円安もあり航空券と滞在費を入れると平常時期の4倍の予算がかかるようになりました。また、フィエラのサローネ、国際家具見本市の€56(9,000円以上)する入場料も展示会としては高価なチケットになります。 高騰した滞在費に見合う内容なら我慢できますが、国際家具見本市の出展を取りやめた会社が多くなり市内イベントの質も落ちてきました。国際家具見本市では、数年前からPoltrona FlouやCassina、B&B、Zanotta、Morosoなど有名ブランドは出展せずに市内ショールームだけになり、今年はMorteni&CやFrexformも市内ショールームだけになりました。Morteni&Cで話を聞くと、高騰する会場の出展費とブース工事費用を考えると市内にショールームを設ける事ができる。今後も多くのブランドが出展を取りやめるだろうとの事でした。出展者が減少した国際家具見本市会場ではMinottiやFlouの顧客のみの入場制限が、PoliformやLEMA(2/3のエリア制限)でも顧客のみの入場になり、まったく中にも入れず見る事もできないブースが増え、高い入場料を払って展示も見られない、入場しても触れない座れないでは家具の展示会として、いかがなものかと思います。増えすぎた市内イベントでは見るイベントを決めて歩かなければ回りきれず、人気ファッションブランドでは長蛇の列で、やっと入場しても時間に見合わない内容が多く、画像拡散を狙ったSNS映えばかりを意識した展示が多く、がっかりする事が多くなってきました。また、やっと入った中でもスマホ撮影を待つ人でよけいに時間がかかっています。スペインの某ブランドは原宿で開催していたイベントの方が百倍良かったと思いました。 ミラノサローネの国際家具見本市も会場での入場拒否への規制や、市内参加イベントでは展示の質を審査する事も主催者側が考えるべきで、ホテル宿泊料金の上限規制をミラノ市も考えないと、今年から始まった来場者の減少がより進むのではないでしょうか。展示会として本来の姿とイベントの質向上をさせて、インテリアを仕事とするプロユーザー寄りに考えたイベントになるように考える時期にきているのではないでしょうか。(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.03.31|

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モダン建築の修復とリノベーション

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.166 六本木の国立新美術館で「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」が開催されていいます。20世紀にはじまった住宅をめぐる革新的な試みをモダン・ハウスを特徴づける7つの観点から再考した展示会で、モダン建築を代表する14邸の写真や図面、スケッチ、模型、家具などが展示されています。訪問した事のある住宅も何軒かあり、建築家のスケッチなど見応えのある展示会でした。その中の一軒のピエール・コーニッグのケーススタディハウス#22のスタール邸も訪問した事のある家でした。スタール邸の写真が撮られた時代が違うのかインテリアの見る方向によって、インテリアと置かれる家具が変わっているのが少し残念でした。ピエール・コーニッグを有名にしたのはフォトグラファーのジュリアス・シュルマンが1960年に撮影した写真で、その中のスタール邸は世界で一番有名な住宅と言われるようになりました。そのインテリア写真を使えば良いのにと、、。 2006年、カタログ撮影のロケハンでスタール邸を初めて訪問しました。その際にスタール夫人から家の歴史や特徴や住み心地など、オーナーでなければ分からないお話を聞かせていただきました。雨や風の音や上がりやすい室温など不満はあるが、それを越える眺望の良さが一番な事や、若い時にお金が無く自分たちで整地をした事など、さまざまな話をしていただきました。その時の建物はオリジナルの状態で、長年使い込んだ家具が置かれていました。その後、スタール夫人が亡くなられて家を長男が相続し有料で一般公開されるようになり、今は長女が管理されています。息子さんが相続して公開されてる時に訪問した時には、ハリウッドの家具店がスポンサーになり、モダンなリプロダクト家具に変えられていて、ジュリアス・シュルマンが撮影時に使用された物にすればもっと良く見えるのにと少し残念に思った記憶があります。スタール邸で特筆すべき点は、ロサンゼルスでは持ち主が点々とする事が多い中、オーナーが亡くなるまで50年以上住み続けた家は稀有な存在ではないでしょうか。 有名建築でも建築当初から有名だった住宅ばかりではありません。持ち主が変わるたびに、その時のオーナーによって改装がされ元の姿が無くなる事があります。先日、アメリカ西海岸建築セミナーで紹介したピエール・コーニッグ設計のケーススタディハウス#21、ベイリー邸もその一つです。ベイリー邸は心理学者のウォルター・ベイリーがピエール・コーニッグに依頼して1959年に建てられました。そのベイリー夫妻が1969年に東海岸へ移転後、次々に所有者が変わり改装が重なり無かった暖炉が設置されたり、1980年代にはキッチンの位置が変更され、元の設計が台無しになりコンセプト自身も忘れ去られていました。1989年にジュリアス・シュルマンのケーススタディハウスの写真がロサンゼルス現代美術館で「モダンリビングの青写真」と題された展示会で展示され、ほとんど忘れかけられていたピエール・コーニッグのカルフォルニアモダン建築への貢献が再認識されるようになり、このベイリー邸にも注目が集まるようになりました。 1997年ベイリー邸は、映画マトリックスで有名なプロデューサーのダン・クラッチオロが150万ドルで購入し、設計者のピエール・コーニッグに修復を依頼し1年かけて修復されました。修復は1959年当時の冷蔵庫や給湯器の代わりになる物を改造するなど時間がかかり、建てた倍の時間がかかったそうです。その際にはオリジナルから少し現代風に作り直された箇所もありましたが、家具はオリジナルにこだわり、特注で再現されたそうです。しかし、そのベイリー邸も2006年に韓国人女性アートコレクターに318万ドルで売却されました。その売却額はモダンハウスとしては2番目の高額で、建築がアートとして取引された転換期と言われました。その時に修復を依頼されたのはマーク・ハダウェイでした。その家も2016年には女優のアリソン・サロフィムへ販売されましたが、購入後、地盤沈下の対策と共に、よりオリジナルに近い修復を開始しました。その修復を依頼されたのは、またマーク・ハダウェイでした。彼は2023年にコラムで書いた、マルーンファイブのギタリストのジェームズ・バレンタインが所有し、今はブラット・ピットが所有するミッドセンチュリー住宅の修復も手掛けました。彼が数年かけて徹底的にオリジナルへ戻したベイリー邸は輝いているように見えました。 私が最初に訪問した2015年には韓国人女性アートコレクターが所有していた時で、修復が終わってオリジナルの状態にしたと聞いていましたが、2024年に再訪問した際には再度基礎から徹底的な修復がされていました。修復を再度依頼されたマーク・ハダウェイはニューヨークとロサンゼルスにヴィンテージファッションのレザレクションヴィンテージという店を持ち、世界的中のセレブに定着したヴィンテージの流行りを作った店としても有名になりました。今はヴィンテージ住宅の不動産業でも成功し、不動産修復士としても活躍しています。彼の修復方法は徹底してオリジナルにこだわる事です。改装や増築された箇所は元図面に基づいてオリジナルに戻され、竣工当初に入れられていた家具や置かれる小物まで、その時代に合わせた物が使われる事です。それも新しいリプロダクト物ではなく、その時代のオリジナル物です。1956年にジョン・ラトナーが設計した彼の自邸ハーペルハウスに訪問した事がありますが、完璧にオリジナルに戻され、置かれる同時代のヴィンテージ物やバスルームのヒーター、換気扇やコンセントやサッシや付いている鍵までその時代の物を使っていて、ガレージに置かれるポルシェ356も1959年の物が置かれていたのは驚きでした。 アメリカのオリジナルにこだわるのは家だけでなく、デニムのヴィンテージも同じ事で、ヴィンテージの車もオリジナルパーツによって修復された物に価値をつけられ、新しく改造やリノベーションされた物より数倍の価値で取引がされます。車や住まいは現代の技術とパーツで改装された方が快適だとは思いますが、どこまでオリジナルかが、現在の高価格での取引基準になっています。今はなんとなく古びて見える物も50年以上経てば価値が付いてくるのでしょうが、30年から40年くらいを越えられるかが、時代を越えるデザインなのでしょうね。当社は設立40年です。40年目を迎える製品もありますが、あと10年でヴィンテージになればと思っています。(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

2025.02.27|

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アメリカ不動産販売の常識

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.165 先日開催した5年ぶりのリアルセミナー「アメリカ西海岸セミナー」は各ショールームへ沢山のお客様にお越しいただきました。来られたお客様からは大画面でのセミナーはリアル感が感じられて良かったとの声をいただきました。やはり、PC画面やタブレットの画面より空気感も感じていただけたのかなとも思いました。なによりリアルセミナーではお客様の反応を感じられ、やりがいにつながりました。また、参加いただいたお客様にはセミナー後のアンケートに記入いただきありがとうございました。今回のセミナーでは、昨年取材した中から、プロ向けのインテリアショールーム、修復が終わったケーススタディハウス#21、ビバリーヒルズとベルエアのオープンルームをご覧いただきましたが、オープンルームで配布される資料が日本と違う事に興味を持たれた方が多くいらっしゃいました。 アメリカ西海岸セミナーでは、お客様から「説明画像に平面図を入れて欲しい」との声が多いのですが、アメリカの住宅販売のオープンルームで配布される資料では、日本でのオープンルームの広告や資料には必ずある平面図がありません。それは新築でも同じで、物件紹介のホームページ内も表示が無く、数十億円以上の住宅のオープンルームでも写真は沢山あるのですが平面図が見当たりません。これは、私自身も不思議に感じていた事で、カタログ撮影に必要となる撮影カット割用の平面図が必要なのですが、間取り図もあった事がありません。不動産会社の社長に聞くと平面図が必要とされないからという事でした。不動産購入で重要なのは・価格・床面積・場所・治安・良い学校区、あとは写真や現地で物件を見れば分かるからとの事でした。ほぼ全ての家では家具が置かれインテリアのイメージができます。家具無し物件でもオープンルームには家具を置いて見せるのが通常で、セントラルエアコンで洗濯機なども全て付いていて、生活するために新たに購入する物が少なく、アパートのように小さな部屋でどうやって家具をレイアウトするか考えるなど、よほどのことがない限り見取り図は必要とされないという事でした。 不動産のオープンルームで配布される資料にあるのは、ベットルーム数、バスルーム(トイレを含む)数、敷地面積、床面積、建築年で、リビングルームやダイニングルームの数は表記されません。ある程度の家になるとフォーマルとファミリーに分けて部屋も複数あり、シアタールームやワインセラーもありますが、、。その他にはガレージ内の駐車台数(屋外は含まれない)、CSOと明記された不動産仲介手数料%(2~3%)、その他に表記されるのは家のインテリアなどの特徴を説明した文章です。ホームページを見ると金額的には日本にあまり表記されない1平方フィート面積あたりの価格、課税評価額、年間税額などが表記されます。それに購入後のローン支払いする場合の支払いや住宅保険の金額が表示されます。住宅保険の表示はエリアや道路によって金額がかなり違うからで、先日の火災に遭ったエリアや、山の上などの消火活動に時間がかかるエリアでは高額になります。また、建物の建築年は日本のように価格に影響は無く、今の現状が重要との事でした。 今回のセミナーで紹介した住宅のベルエアの住宅では、建築:2022年、ベッド:7、バスルーム:10、床面積:9,040スクエアフィート(840平方メートル)、土地面積:0.68エーカー(832坪)、駐車場:7台(屋内2台・屋外5台)、販売価格:24,995,000ドル(37億5千万円)支払い関係では、30年ローン(固定6.52%)月額支払い:126,651ドル(1,900万円)、固定資産税/月額:24,578ドル(368万円)、月額住宅保険:8,332ドル(125万円)月々支払い合計:159,561ドル(2,393万円)と明記されていました。キャッシュで購入したとしても、固定資産税(年4,416万円)と住宅保険(年1500万円)を合わせて年間394,920ドル(6,000万円近く)が必要となります。これに月額数万ドルの電気代や水道代など、固定費だけでも気が遠くなります。固定資産税と住宅保険の高額なのには驚きますが、固定資産税は購入金額に対してなので、減ることも無く永遠とかかります。やはりビバリーヒルズやベルエアに住まうのはアメリカでも裕福な方々なんです。 不動産購入で組まれるローンはアメリカでは固定金利が90%以上で、変動金利でのローンが90%以上となっている日本の逆です。現在アメリカの住宅ローンは固定金利が6.5%と落ち着いてきましたが、一時期8.5%以上となっていて、数年前には10%以上にもなったこともあり、固定金利を選ばれるという事でした。ロサンゼルスは一時、住宅高騰と景気後退から不動産販売にかげりが下がっていましたが、先日のロサンゼルス山火事で裕福な方々が家を失い住宅価格が上昇しているそうです。アメリカの西海岸は裕福な方が多いという事なんでしょうね。これから日本の景気がどうなっていくのでしょうか。日本も頑張らないと!(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)